「ミス・サイゴン」を心理学的視点で

ミュージカル「ミス・サイゴン」は、ベトナム戦争を扱った作品です。先日、大阪公演があり、私も観劇に行って参りました。

ベトナム戦争末期に出会った、ベトナム人少女・キムと米軍兵士・クリスの悲恋物語ともいえるこの作品。二人は共に暮らすことを約束しながらも、米軍の撤退によりクリスが泣く泣く帰国し、引き裂かれてしまいます。このときキムは妊娠し、一人で子どもを育てながらクリスが迎えに来てくれることを待ち望んで暮らします。

一方で、アメリカに帰国したクリスは、アメリカ人女性・エレンと結婚して人生をやり直そうとしてしまいます。キム目線で見ると、なんてひどい男!と思ってしまいます。クリスは、ミュージカル三大ダメ男という不名誉な肩書を付けられています。

しかし、本当にそうでしょうか?帰国後のクリスの苦悩は、既に結婚してからしか描かれておらず、その内面はあまり観客には見せられません。描かれていない間にもたくさんの葛藤があったと思います。そもそもキムと知り合った時点でのクリスは、国のためにと闘って一旦帰国した後、再度サイゴンへ戻って大使館のドライバーをしていたのでした。その頃アメリカ本国では反戦運動も高まっており、軍人は冷ややかな目で見られて冷遇されており、クリスは逃げるようにベトナムに戻ってきており、自分が何のために闘ったのか、意味を見出せずに無気力状態にあったのです。今では有名なPTSDという精神疾患も、当時は診断名もなく、不眠症やアルコール依存症等、各々の症状に対する病名が付けられていただけでした。名前がないということは、トラウマの概念もなく、個人的な問題とされていたということです。

戦争は終わってもアメリカとベトナムの国交は断たれてしまい、人の往来が自由にできない状況になり、クリスはキムを迎えに行くという約束は果たせなかったのです。その間も、クリスが戦争自体への名前のない苦しみやキムへの罪悪感でいっぱいだったことは容易に想像がつきます。エレンと結婚した後も、悪夢にうなされて眠れぬ夜を過ごしている姿が描かれていますが、PTSDの症状の一つだと考えられるのではないでしょうか。

悪者扱いされている帰還兵たちにも苦悩があって、彼らも戦争の被害者といえるでしょう。こういった歴史を経て、トラウマ治療は成り立ってきたのだなとも考えながら観てみると、ミス・サイゴンは登場人物それぞれに事情があって、悪者のいない作品だと思いました。

軍用ヘリコプターのイラスト

 

MEDI心理カウンセリング大阪

公認心理師・臨床心理士 可児

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